Gimmick Game


世間の人々は、「愛の形は人それぞれ」と口々に言う。近年同性愛がオープンなものとなり、同性愛者に対する過剰とも言える配慮がなされているのも、始まりはきっとこの言葉だ。何事も美談にしたがる日本人はこの類の言葉が大好きで、同性カップルSNSで結婚式をしたと写真を添えて投稿すれば、瞬く間にそれが拡散され、賞賛の嵐を呼ぶ。そして2人の決断に勇気づけられたとコメントを残す。結局誰もが”異端”に同調する自分を見て欲しいだけだ。本当に「愛の形は人それぞれ」と思っているなら、たとえ同性カップルの結婚を目にしたとしてもいちいち騒ぎ立てず、ごく普通に祝福するはずだ。わざとらしいほど反応し、大げさに感動するのは、それが”おかしい”と心のどこかでは思っているからだ。おかしいと思っていないなら、最初から同調する必要もない。


やっぱり、「愛の形は人それぞれ」なんて嘘だ。どんな愛でも許されるならば、私の愛し方だって問題なく世間に受け入れられる。嘘をつきあっても、これだってれっきとした愛の形なのに、きっと人々は眉を顰め陰口を言う。みんな”寛容”というアイデンティティーを獲得して、自己顕示欲を満たしたいだけだ。いつものように彼に見下ろされながら、私はそんなことを思った。

「…いま、何を考えてる?」

「…別に…」

あなたはそれ以上追求しようとせず、長い指で私の身体を撫でた。その指は果てしなく汚い。なんて虚しい行為なんだろう。人目を忍んで逢瀬を重ねても、浴びせあうのは溶けるような睦言ではなくあまりに感情的な接吻と愛撫だけだ。ただ欲望をぶつけ合うだけで、甘さも慈しみも何もなかった。それでも、私は現実なんてものに蓋をして、ひたすらそれを愛だと信じて疑わなかった。たとえこれがただの”騙し合い”による虚構だとしても──


いつから歯車が狂い始めたのかはもうわからない。あなたの首筋の嘘に気付いてしまってからは、お互い愛し合うふりだけをしていた。

今の私とあなたの関係はせいぜい、所謂セックスフレンド、セフレがいいところで、それ以上になることなんて有り得ない。会いたいとか寂しいとかそれっぽい誘い文句で呼び出してくるけれど、本当のところは人形のように抱かれ、欲望を吐き出されたらそれで終わりだ。終わった後は優しいふりをして私を抱きしめるくせに、目が覚めたときにはもういない。そこにいたのだという痕跡も余韻も、何も残さない。抜け殻のようなシーツに顔を埋めてみても、ブルガリ・ブラックの香りはしない。独特な気怠い匂いの上で虚空を眺めるしかなかった。

あの人の首筋はいつも嘘だらけだ。違う誰かを抱きしめた腕で私の手首を押さえつけてくる。自分の痕跡は跡形もなく消すくせに、ベッドの上のあなたはいつもGUCCIのバンブーの香りがする。官能を直接刺激するような香りが、私ではない誰かの存在に成り代わって私を嘲笑う。


「……君しか愛せないよ」

「………」

ここまで見え透いた嘘があるだろうか。あなたは使い古された台詞を吐いて、身体に朱を散らしただけで私を縛り付けてるつもりなんだろう。私の首筋にもある嘘にも気付いていないくせに。消えかかっているそれを自分のものだと思い込んで必死に上書きしている姿はあまりに滑稽だ。

でもそれ以上に、こんな不毛な関係にありながらまだあなたのことを好きでいる私の方が滑稽かもしれない。あなたのことをまだ好きなくせに、あなたと同じように平気な顔で他の人にも生まれたままの姿を晒している。そこにも愛情なんて欠片ほどもなくて、だけどその時間だけはあなたを好きだってことを忘れられるような気がした。


「…どうしたの?」

「………」

「…俺だけ見てよ」

その言葉、そのままあなたにあげたい。私の心はずっとあなたしか見ていない。集中していないのはいつだってあなただ。

「…痛いの?」

繋がっているときに涙が出るなんて初めてだった。普段ならあなたに見下ろされながら痴態を晒すけれど、積み重ねた空虚な時間に押し潰されそうになった私は、あなたの肩口で小さく喘いだ。

今さら何が悲しいというのか。お互い愛してるふりして身体を重ねても、そこには何もないとわかっているはずだった。涙なんて流しても、なんとなく”それっぽい”感じになるだけで無駄だ。

「…泣かないで」

あなたが私の涙を拭う。拭うあなたが、他ならぬあなたが私の頬を湿らせていることもわかっていないかのような素振りだった。


思い詰めたような表情で抱き寄せられる。愛されていると錯覚するほど優しい抱擁だった。

「…もう、やめにしようか」

心のどこかでこの言葉を待っていた。少し涙を見せただけでこんな言葉を引き出してくるほど私のことをわかっているのに、あなたが私のいる世界だけを生きることはない。嘘で塗り固めた鎧を身に纏って強がっても、簡単に壊されてしまうほどあなたのことが好きなのだと今さら気付く。もう遅かった。出会う世界を間違えてしまったのだ。無理矢理作り出した偽りの世界で壊れた時間を過ごした。そこに戻ったら何かわかることはあるんだろうか。

私の沈黙を肯定と捉えたあなたは、置き土産とばかりに口付けをする。舌を乱暴に絡めるだけの獣のようなキスでなく、労わるようなキスだった。


「……ごめんな」

見たことのない眼差しで私を見つめて、あなたは部屋を出て行った。私の心も思い出も、何一つ持って行かずに。グレーのスラックスに包まれた脚は相変わらず長くて美しかった。清らかな足並みを揃えるはずだったあの脚は、私と他の知らない誰かが残した痕だらけなんだろう。でももう、あの脚は私の元へは二度と戻ってこない。”永遠の別れ”なんて陳腐な言葉であっさり表現できてしまうほど呆気なかった。


銀座コリドー街で涙越しに見える景色は、ネオンが光っていてもかえって儚く、それでもうんと美しく見えた。それは私がこんなだらしない愛し方しか知らないからだろうか。

「一人なの?」

不意に声を掛けられた。簡単なことだった。出会いを求める夜の男女の街で寂しいふりして涙を流していれば、またすぐに騙し合いが始まる。

「……はい」

「…忘れさせてあげるよ」

迷いもせず私は新しい世界に身を委ねる。空っぽになった心が満たされるような気がした。どこの誰かも知らない相手と夜の闇に紛れれば、あなたの温もりも消えてくれると信じていた。そして胎内で欲望を感じれば、あなたの存在を過去の笑い話にして終わらせられると思った。


きっと私は、ずっとこんな溜息の出るような生き方しかできない。知らない男の腕の中で、”元彼を忘れられない”なんて子供みたいな言い分で、悲しい自分に涙を流した。

それなのに、その瞼の裏にはやっぱりあなたがいた。